■天使の飴玉 3■



 日曜の昼下がり……。

「じゃあ、私はここにいるわね」
 スカリーの母の運転する車で、モルダーとスカリーはあの広場に連れて来てもらっていた。
 マーガレットはほんの目と鼻の先にあった児童公園のベンチで待ってくれている間、2人はそれらしい子供を捜す。
「モルダー、あの子?」
「いや、違う……眼は君と同じ色の……」
 スカリーが乗るブランコをモルダーが押しながら会話していたので、2人は近寄ってきた子供たちの存在に気が付かない。
 突然モルダーは突き飛ばされて転び、驚いたスカリーもブランコから降りる。
「ちょっと!」
「チビは邪魔だからあっち行けよ!」
 地面に座り込んだまま5、6歳の悪ガキたちを見上げているモルダーの前に、ムッとしたスカリーが立ち塞がった。
「だからっていきなり危ないわ。順番を待つか声を掛けるべきじゃない?!」
「なんだよ、お前も泣かされたいか?」
 凄む男の子にスカリーは片眉を上げ腰に手を当てて睨み上げる。
「おい、僕がいちゅ泣いたんだ?」
 苦笑いしながら立ち上がったモルダーであるが、完全に無視されていた。
「何よ、やる気なの?」
「なんだよ、こいつ!」
 子供がスカリーの肩を乱暴に突き飛ばすと同時に、彼女はひっくり返って尻餅をつくのを見たモルダーは頭の線が1本切れた。
「しゅかりーに何をする!」
「なんだと、この!」
「モルダー、やめて!」 「キャー、何してるの?!」
「ママー、このチビが〜!!!」
 数分後砂だらけになったモルダーとスカリーは、泣きじゃくる悪ガキ達とヒステリックに何やら喚く母親達を前に、スカリーの母によって強引に頭を下げさせられていた。

「ママ、悪いのは私と彼じゃないわ。あいつらが……」
「わかってるわ。でも、今のあなたは見た目はともかく中身はいい大人なのよ」
 膝にバンソーコーを貼りながら文句を言うスカリーの隣で彼女の母は笑いながらも諭している。
 きっと彼女が幼い頃はもっとすごかったんだろうなとモルダーは想像しながら笑いが止まらなくなってきて、思わず立ち上がると何処へとなく歩き出す。
「でも、久しぶりに遊んだって感じがするのよね」
「ならもう少し遊んでいけば?」
 そんな会話を聞きながらモルダーも郷愁にかられ公園を見回す。
 妹のサマンサが生まれる前は母とよく公園で砂遊びをして、生まれてから歩けるようになりブランコに乗れるようになると先程スカリーにしたようにブランコを押してあげた。
 だが……。
 何故もっと遊んであげなかったのか……泣いてついてきたがったサマンサが鬱陶しくて自転車で一人で野球に行ってしまった。
 あんな事になるのなら……。
 こみ上げてくる涙を抑えようと俯き、それでもなんとか顔を上げたモルダーが見たものは……。
「待ってくれ!」
 銀杏の大木の影から現れた幼い子供の姿に、モルダーは咄嗟に駆け出す。
 だが、今度は逃げようともせず子供はモルダーを穏やかな笑顔のまま待っていてくれた。
「君は……一体誰なんだ?一体何の目的があって僕としゅかりーをこんなしゅがたにした?」
 子供はそれには答えない。
 だが……。
「パパは……ママが嫌い?」
「……え?」
 唐突といってもよい言葉にモルダーは、思わず自分の耳を疑う。
 今……この子は僕をなんて呼んだ?パパだって?じゃあ……ママっていうのは……まさか……。
 モルダーの視線がブランコに乗っているスカリーの方へ向く。
 自分の母親に背中を押してもらいながらブランコをこぐ彼女の無邪気ともいえる笑顔にモルダーと男の子は同時に笑みを漏らす。
 そしてもう一度視線をお互いに向けた。
「君は……僕としゅかりーの……」
 こっくりと頷く男の子。
 蒼い目は……よく見ればスカリーと同じ色なのに、後は僕にそっくりだ……。
 モルダーは全て納得する。
 いつ生まれるのか判らない、僕とスカリーの子供。
 そうか、彼女は自分の子供を持つ事ができるんだね。
 でも……もしかして、本当に生まれる事ができるのか不安になったのかい?
 だから子供になったら素直にって思った僕を……。
 なら、目の前の天使を安心させなきゃな。
「大丈夫。どういった形になるかどうかはまだ判らないけれど……君が無事に生まれりゅようにすりゅよ」
 その言葉に天使は納得したかどうかは判らない。
 だがにっこりと笑った男の子の顔は本当に嬉しそうだ。
 そして……。
「あげりゅ……」
 男の子が差し出したのは、飴玉が1つ。
「なるほど……そういう事か」
 これが意味する事に、モルダーが思わずニヤニヤと笑ってしまう。
「ばいばい……」
「それじゃあ……」
 またいつか出会える日までと、2人は手を振って別れた。

「あれ?おかあしゃんは?」
「先に車に戻ってるって。私たちも早く戻りましょう」
「スカリー、その前にちょっと……」
 手を引っ張ってベンチに座らせる。
 何よと言わんばかりの訝しげな視線を送るスカリーの幼い顔を見つめながら、モルダーは意を決した。
「君を愛している」
 途端にスカリーの目が半眼となる。
 こんな時に何を言い出す前にモルダーは一気にまくし立てた。
「僕は本気だ。こんなしゅがたでこんな事を言うのは卑怯かもしれないけど、それでも言わじゅにいられなかった。しょれに……」
「……なによ」
 幼いながらも真剣な表情にスカリーは気圧されている。
「君もそう思っているかと思って……」
 そう言ってにっこりと笑うモルダーの笑顔に、スカリーは溜息をつく。
 呆れと諦めと、そして何かが入り混じったような……。
「あなたって……本当に……」
 2人の唇がそっと重なる。
 周りに人がいようがもうどうでも良かった。
 間近で見ていた幼い子供たちが何か言っているが2人には届いていない。
 そして、モルダーは彼女の唇を割ると口の中の飴玉を押し込んだ。
「何?これ……もしかして……」
 途端に顔を離したスカリーは甘いミルク味の飴に顔をしかめている。
「こりぇが、元に戻りゅ為に天使がくりぇた飴玉だよ」
「モルダー、あなたまだそんな事……」
 ふと視線を感じたモルダーは振り返る。
 少し離れた場所にある広場でこちらを見るとはなしに眺めているといった状態のコートを羽織ったスーツ姿の男。
 あれは……僕か?
「どうしたの?」
 何度も瞬きをしているモルダーの様子にスカリーも同じ方向に視線を向けようとするが、慌てて遮るようにして立ち上がる。
「行こう、しゅかりー……」
「ちょっと、モルダー?どうしたの?!」
 あの時僕が見たキスをしている小さな子供は、僕とスカリーだったんだ。
 じゃあ、やはりあの子は……。
 思わずニヤリと笑いながらの公園を立ち去ろうとするモルダーとしっかりと手を繋いだスカリーもなんとか後ろを振り返る。
 あの後ろ姿は……。
 だがその時2人は同時にある事を思い出し顔を見合わせる。
 今この状態で大人に戻るのは非常にマズイのではないのかと……。
 すでにモルダーの身体を成長のきざしを見せている。
 ここは公衆の面前であるから、このままいけばとんでもない事になるのは目に見えていた。
「ねえ、モルダー……」
「君の言いたい事は分かってるよ。とにかく今は……」
 2人は手を繋ぐと急いで車へと戻っていった。


「モルダー、起きて!起きて頂戴!」
 肩を揺さぶられ、目を開ける。
「……しゅかり〜、もちょにもどりぇたんだね?」
「やだ、寝ぼけてるの?」
 ぼんやりと自分を見ているモルダーの寝とぼけた顔にスカリーは溜息をつく。
「そんな状態で車の運転なんかさせられないわ。少し休んでいきなさい」
 そういうとさっさとスカリーは車から下りる。
「夢……?」
 事件は結局XFとは無関係で無駄骨と判り少し落ち込んだ気分でスカリーの運転する車に乗っていて、いつの間にやら助手席で眠っていたらしい。
 随分と楽しい夢を見ていたようだ。
 やけに物分りのいいスカリーの母や自分にからかわれる為だけに姿を現したスキナーやダイアナに向かって感情を露わにしたスカリー……。
 だが……。
 助手席からだるそうに出てきたモルダーはスカリーの後を追いながら何気なくコートのポケットに手を入れ、指先に当たった何かを引っ張り出す。
 それは……。
 頑張ってよね、パパ……。
 そんな言葉が聞こえてような気がしてモルダーは小さく笑うとそれをポケットに戻す。
 一人の子供の未来がかかっているのなら、これは是非とも実行しなければならない。
 夢が間違いないのなら、彼女は想いを受け入れてくれる筈だ。
 たぶん……。
「どうしたの?」
 一人で笑っているモルダーの姿にスカリーは怪訝そうな顔をする。
 一緒にエレベーターに乗り込み扉が閉まるのと同時にモルダーは行動を起こした。
「なあスカリー、聞いて欲しい事がある」
「なあに、また事件?」
 自分の方を見ようともせずやれやれといったスカリーの肩を掴み向き合わせる。
「君を愛してる」
「……。」
 スカリーのまたかという顔。
 だがここで怯むわけにはいかなかった。
「あの時もそして夢でも君にそう言ったけど、本気にしてもらえなかった。でも、僕は本気だ」
「モルダー……」
 何を言えばいいのかわからずスカリーの頭の中は真っ白になっていく。
 音がしてエレベーターの扉が開く。
「モルダー、話なら私の部屋で……」
「駄目だ!」
 バンッ!と音を立ててモルダーが乱暴にボタンを押してエレベーターの扉を閉める。
「これは僕と君の……未来が掛かっているんだ」
 確かにそうね……今私はモルダーから愛の告白を受けている。
 だからって今ここで答えろっていうわけ?
「君だってほんとはわかっている筈だ」
「モルダー、あのね……」
 そうよ、あなたの事を愛している。
 でも……。
 彼は私の身体の事を知っている筈だ。
「……大丈夫」
 優しい囁きにスカリーは我に返ると、モルダーの顔がすぐ間近に迫っている事に気付き動揺を隠せなくなっていく。
「今までだって、僕等は色々な危機を2人で乗り越えていた。これからだって、2人ならなんとかなるよ……」
「あなたって人は……」
 雰囲気に流された訳じゃない。
 本当に困った人と呆れたような呟きがスカリーの口から漏れ出る。

 隣の部屋の住人は買い物に行く為にエレベーターのボタンを押したが、目の前の光景に衝撃を受けた。
「し、失礼っ!」
 エレベーターの中にいた男の手が慌てる様子もなくボタンを押して扉を閉めるが、強烈な印象が目の前に焼き付いて離れない。
「あれは……」
 隣に住む女と夜中であろうと昼であろうと構わず押しかけてくる男であった。
 前から怪しいと睨んでいたが、やっぱりねとばかりにニヤリと笑ってしまう。
 ふと視線を上げるとエレベーターは動いている様子は全くなかった。
 仕方がない、今日は階段で行くかと肩を竦めて非常階段へと向かう。
 まるで映画でも見ているような光景だったなと思い返す。
 背伸びした女の両腕がちょっと屈んだ男の首に回され、男の腕は女の腰と背中に回されたまま2人はしっかりと抱き合い熱い口吻けをかわしていた。
 再び扉が開く。
 首に回した腕を残された理性で外しとにかくエレベーターから出ようとしたスカリーは、僅かに離れた唇の間から震えそうになる声で囁く。
「モルダー、もう……」
 だがモルダーはそれを許さない。
「大丈夫、誰も来ないさ」
 スカリーの頬に口吻けて注意を逸らすと彼女の手首をやんわりと掴んでエレベーターの開閉ボタンから引き戻す。
「嘘、だってさっき扉が……」
 キスに夢中になっていてよく覚えていないが、確かに扉が開いた瞬間隣の部屋の住人が目を丸くしてこちらを凝視していた。
 ……ような気がする。
「そんな事よりも、今は僕等と天使の為にこうしていよう」
 モルダーはそう告げると腕を伸ばす。
「天使?……いったいそれって……」
 スカリーが最後まで言い終える前にエレベーターの扉はまた閉じられた。



End




by 歩々

 

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