■REALITY BITES■   SpoilerHollywood A.D.



エレベーターがふたりを運んできたのは、このホテルの6階。
ウェインは、以前彼らを招待した時と同じホテルを用意してくれた。
出張で利用する安モーテルとは違い、夢の都の真中に建つここは、ほんの少し日常を忘れさせてくれる魔法の箱のようだ。
数時間前に観た趣味の悪い映画と同質の、浮わついた空気を孕んではいるが…。


「スカリー」

モルダーの部屋の前で彼と別れて自分の部屋へと向かった彼女は、5歩と進まないうちに呼び止められた。
振り返ると、モルダーが部屋から半身を出してこっちを見ている。
片手でドアを抑えたまま顎をしゃくって、こちらへ来いと促す仕草。

“?”

怪訝に思いながらもそこまで戻ったスカリーは、いきなり腕を引っ張られて部屋に引きずり込まれる。
その勢いで壁に押しつけられ、キスをされた。

一瞬の出来事に、彼女の思考は働かない。
遠くで、ドアが閉まる音だけ聞いた。

始まりの激しさからとろけるような甘さへ…。

モルダーは押さえつけたスカリーの手首から完全に力が抜け切ったのを感じると、そっと唇を離した。


君の言う通り、僕らはまだそれなりに若くて、いま確かに生きている。
それをもっと実感したいんだ。


彼が覗き込んだスカリーの青い瞳は、濡れたような輝きを放っていた。

「モルダー?」

それでも、彼の行動をちょっと咎めるような表情を見せる。

「僕の安月給じゃ一生かかっても、君をこんなホテルには招待できない」

「だから?」

「だからこの機会にさ、先に埋め合わせておこうと思って」

「…ありがたみがないわね」

口もとに笑みを浮かべたあと、彼女はふと顔を曇らせた。
そのわけにあたりをつけて、モルダーが言う。

「僕らは休暇を取って来ているんだし、何の問題もないだろう?」

「でも、スキナーも一緒なのよ?」


映画の途中で振り返った彼のニヤけた顔を思い出す。

“スキナー、ね…”


「まさか本当に彼を愛しているとか?」

「…ばかね」

さっき飲んだカクテルと、彼の手に誘われたダンスの余韻。

まあいいわ、とモルダーの首に両腕を回して、甘い時間の続きは彼女が仕掛けた。




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                 各自ご想像ください


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ベッドの中から手を伸ばしてナイトテーブルの受話器を取ったが、鳴っているのはこの電話じゃないらしい。
彼はほとんど無意識のうちに再度テーブルを探り、自分のセルを手にした。

「……モルダーです」

“まだ部屋にいるのか? そろそろ出ないと、飛行機に乗り遅れるぞ”


“スキナーだ!”

モルダーは一瞬にして、完全に目が覚めた。

“あ、いや、焦ることもないか……”

慌てた理由は、飛行機の時間に遅れるからじゃない。
でも…。

ゆうべの自分のいたずらを思い出して頬が緩む。


“スカリーも同じフロアだろう? 彼女もまだ降りてこない。声をかけてやってくれ”

「わかりました」と応えながら、そっとブランケットをめくる。

彼の胸に顔を寄せて、スカリーが眠っている。

しどけなく乱れた赤い髪。昨夜は熱い吐息を聞かせてくれた桜桃のくちびる。
むき出しの肩は朝陽を浴びて、ますます白く輝いている。

もう少しこの幸せな光景を楽しみたいところだけれど、連邦捜査局の副長官ともあろうお方をあまりお待たせするのは忍びない。
モルダーはスカリーを起こすために、彼女の頬を優しくつついた。







「お待たせしてすみません」

たいしてすまなそうでもなくモルダーが、エレベーターホールに立つ上司に声をかけた。
その隣のスカリーは、少し気まずそうにしている。

スキナーが何か言おうと口を開きかけたが、その動きが途中で止まった。

「…サー、何か?」

自分を凝視したまま動かないスキナーに、スカリーが問いかけた。

「……いや、こんな高級ホテルにも蚊がいるんだな。しかも、相当でかい」

つい、と目を逸らし彼はそう言うと、踵を返してエントランスに向かった。

わけがわからずその姿を見つめるスカリーの顔を、横からモルダーが覗き込む。
含み笑いの彼の人差し指が、彼女の首にちょんと触れた。

「!」

すぐに思い当たった。そこにあるのはおそらく…。
慌てて右手で隠したが、もう遅すぎる。

スキナーを待たせていることに焦って、身づくろいもそこそこに部屋を飛び出して来たのだ。
鏡なんて、ろくすっぽ見ていない。
でも、大体なんでこんな目立つところに…。


「…わざとやったわね」

「スキナーに認識してもらおうと思ってね」

モルダーがしれっと言った。

「現実はフィクションを凌駕するんだよ」



敢えて他人に知らせる気こそ無かったが、スカリーにも相棒との関係を否定するつもりはない。
まして相手はスキナーだ。うすうす感づかれているだろうと思っていた。

“でも…、部下の不始末を目の当たりにして、いかにも落胆してますって感じね”

歩いて行くFBI副長官の後ろ姿はがっくりと肩が落ち、リストラ宣告でもされたみたいだ。
大丈夫かしら、とスカリーが眉をひそめたその時、大きな背中がぐらりと揺れた。

“あ…”

彼女の視線の先には、障害物など何も無いフロアで転んだスキナーの哀れな姿があった。



End




2001/09

 



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