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■居場所■
最悪だった。
もうこんな事には慣れっこで、どうだっていいと思っていたけれど、かつてのアカデミーでの同期で、何度か組んだ事のある同僚で、
それなりに信頼をおいていただけに、何も知らないでいた自分が滑稽で、
奴の相棒である彼女の同情とも憐れみともとれる視線に、僕は一刻も早く出て行きたかったけれど、スキナーがそれを許さない。
陰口なんか慣れているし、僕には妹を捜すという目的がある以上、他人の言動などいちいち気にしていられない。
それでも・・・。
会議が終わった直後に、椅子から立ち上がりかけていた捜査官に歩み寄り、気がつけばモルダーはその横っ面を殴っていた。
「モルダー・・・」
椅子から転げ落ち、呆然としたまま殴られた頬を押さえる男の恨みがましい視線。
だが張り詰め凍りついた空気に、彼の相棒ですら動こうとしない。
チームの指揮官であるスキナーまでもが、成り行きを見守っている中、モルダーは言い放った。
「知ったかぶりは相変わらずだな。」
痛烈な皮肉に、アカデミー時代での出来事を思い出したのか、男はそれ以上何も言い返してはこなかった。
但し、その直後にモルダーは副長官室に呼び出され、スキナーからみっちりとお説教をくらったうえに、チームから外された。
「どうしたの?
副長官にまた何を言われたの?」
「別に・・・たいした事じゃない。」
地下のオフィスで、別の殺人事件の報告書をつくっていた彼女の言葉に、僕はただそう言い返す事しかできず、いつものように机の上に足を投げ出し、腕を組んだまま考えに没頭する。
時々、スカリーの視線を感じるけれど、話し掛けたいような気分じゃなかった。
ピリピリとした、会議室以上に張り詰めた空気の中で、一見平然としているように見える小柄な相棒の姿に、僕はさっき何があったのか、全部ぶちまけたかった。
でもそれは絶対にできない。
変人と名高い僕が今更何を言われたってどうだっていいけど、
彼女の事を知ったような口ぶりで、コケにするのだけは許せない。
「モルダー、今日は先に帰るわ・・・。」
「ああ・・・お疲れ。」
「お疲れ様・・・また明日。」
何か言いたげに、それでも結局は何も言わずに扉を開けて出て行く君の後姿を上目遣いで見送りながら、僕はそのまま椅子に深く沈み込んだ。
どれくらいの間、そうしていたのか・・・。
気がつけば、モルダーはその姿勢のままうたた寝をしていたらしい。
目を擦りながら腕時計に目をやると、すでに真夜中に近い時間。
節々が痛む身体を起こしながら、モルダーはゆっくりとオフィスを後にする。
地下の駐車場に向かい、車にキーを差し込んだ時・・・。
「あの・・・モルダー捜査官、今日はすみませんでした。」
突然声を掛けられ、振り向くとそこにいたのは奴の相棒だった。
まだ20代の若い女性捜査官は、出会ったばかりのスカリーを思い出させてくれた。
「別に君が謝るような事じゃない。」
「でも・・・あの・・・」
相棒の不始末の尻拭いとは、彼女もかわいそうに・・・。
待てよ?それは僕も同じかも。
どうせ明日はこの噂で持ちきりで、スカリーもまたラボで噂を聞かされて・・・。
僕も奴の事をどうこう言えた立場じゃない。
「奴に殴って悪かったと伝えてくれ。」
それだけ言うと、僕は車に乗り込み、その場を後にした。
ドンドンドン・・・。
少しして、不機嫌な顔をしたスカリーが顔を出す。
「やあ・・・」
「モルダー、今何時だと思っているの?
とにかく入って。」
「悪いね。」
本当に悪いとは思いつつも、勝手知ったる部屋の中。
僕はいつものように、勝手にいつもの彼女の部屋での定位置に座る。
「何か食べる?」
キッチンから聞こえてくるスカリーの声。
「いや、腹は減っていない。」
文句を言いつつも、決して僕を追い出そうとしない彼女の優しさに、僕はただ甘えているだけなのかもしれない。
でも、その居心地の良さは、嫌な事をどこかに追いやる事のできる、僕の居場所だ。
漸く訪れる、本格的な眠り。
コーヒーの香りに意識が少し戻るが、
「またなの?
ねえ、モルダー・・・寝るならここじゃなく寝室に行ってちょうだい。」
「んん?
なに?・・・わかった。」
自分で何をどう返しているのか理解しないまま、モルダーは生返事をすると、そのまま完全に意識を閉ざしてしまった。
「もう、風邪をひいてもしらないわよ。」
やがて・・・身体を包み込む温かな毛布と匂い。
まるで、彼女に抱き締められているような錯覚を覚え、モルダーは溜息をつく。
やっぱり、僕の居場所はここなんだ。
これからも・・・ずっと・・・。
End

by 歩々
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