|
■イメージ・プレイヤー■
それは、穏やかな土曜日の昼下がりの事であった。
「ねえ、スカリー〜」
「……駄目よ」
モルダーの猫撫で声を、スカリーは医学雑誌に視線を落としたままにべもなく拒絶する。
「まだ何も言ってないだろう?」
「でも駄目」
拗ねたように膝に頭を強引に乗せてきた手間のかかるこの男のしたいようにさせていても、しっかりと拒否する。
彼が何を言いたいのか……ここ最近の動向から言葉になんかされなくても判っていた。
そうね……たしかにここ暫くはものすごく忙しかったわ。
そのうえ先週末なんかは寝て起きたらもう朝ってくらい疲れていたし……。
だから昨夜まではあなたもとてもいい子だったわ、不気味なくらい……。
その不気味なくらい大人しくいい子にしていたモルダー特別捜査官はというと、スカリー特別捜査官の膝の上で頭をぐりぐりとしながら必殺“子犬顔”でかまってほしいと全身で訴えかけている。
そして、彼女はこの表情にとても弱かった。
だがそれを医学雑誌で隠したまま、わざとつまらなそうに尋ねた。
「……で、なんなの?」
その言葉に待ってましたとばかりに見えない尻尾を千切れんばかりに振り出したモルダーは、早速お願いを開始した。
「最近さ、僕等の間には刺激が足りないと思わないか?」
「刺激……ね……」
これ以上の刺激をどうやって求めろと?
あなたと一緒に追ってきた今迄の事件っていったいなんだったのかしら……。
そう言ってやりたかったが、黙っておく。
「で、考えたんだけど……こういうのは駄目かな?」
「何よ……」
一応聞いてやろうじゃない。
即座に拒絶してやるから。
今迄それが成功したためしがない事をすっかり忘れ去っているスカリーは身体を起こして耳元に唇を寄せてきたモルダーの提案に耳を傾ける。
ごにょごにょごにょ……。
なに?よく聞こえないわ……。
だから、……が……で、……が……で……
ちょっと待ってよ、それって……
さすがスカリー、飲み込みが早いな。
……そうじゃなくって!
「いやよ、絶対に嫌っ!」
思わず立ち上がり全身で拒絶するスカリーに、モルダーはいかにも傷つきましたといった顔で見上げている。
「そうかな?絶対に楽しいと思うけど?」
「あなたはね。でも私は絶対にお断り。そんなにやりたければ、誰か他の人とどうぞ!」
また座ってむきになって医学雑誌に視線を落とすスカリーの肩に顎を乗せたモルダーはそれこそ心外だと言わんばかりに口を開く。
「君はそれでもいいわけ?僕が他の女性とそんな事をするとでも?それとも、そうしてもいいっていうお許しが出たのかな?」
面白そうなモルダーの言葉に、スカリーはぴくりと一瞬反応するが、我に返る。
「好きにすれば……その代わり……」
あなたとは絶交よという言外の言葉に、モルダーは苦笑い。
「僕がそんな事すると思うのか?」
「だから、好きにすれば?」
後に引けなくなったスカリー。
すでに彼の掌の中。
「君だからだよ、スカリー。だからさ……」
耳元で囁かれると身体中の力が抜けそうになる。
この男は……絶対判ってやってるわ。
私がその声にとても弱いのを知っているに違いない。
とうとうスカリーは諦め半分期待半分で頷いてしまったのであった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「じゃあ、僕は着替えて外に出て待っているからね」
「……。」
「スカリー?」
釈然としないのか目を宙に彷徨わせたままであるスカリーの様子に、モルダーも少し心配そうだ。
「なんでもないわ」
こうなったらもう自棄よ。
なんでもやってやろうじゃない!
覚悟を決めた女ほど怖いものはない。
ウキウキとモルダーが寝室へ向かうのを見届けると、スカリーは医学雑誌をマガジンラックに投げ込むとキッチンに向かいエプロンを手にしてから溜息をついた。
きっかり2分30秒後……。
玄関のチャイムが鳴り、新婚3ヶ月目であるダナ・スカリーは扉に向かう。
「どなた?」
柔らかな声。
僅かな間の後で聞こえてきたのは男の声。
「すみません○×△保険のフォックス・モルダーです」
「少し待って」
スコープから覗くとスーツ姿の男が目に入る。
扉を開けると、そこにいたのはスーツもきちんと着て眼鏡をかけた長身の男。
愛想良く笑いかける保険会社の男にスカリーもまたぎこちなく笑いかけリビングへ通す。
「どうぞ……」
「いえ、お構いなく」
にこやかに笑いながらモルダーはスーツケースを開けて資料を取り出していく様子を眺めながら、スカリーはテーブルの上に彼の為に用意したコーヒーを置く。
「この度は我が社の保険をご利用いただき、誠にありがとうございます」
「いえ、主人とも話し合ってここが一番いいと思って……」
僅かに憂いを帯びた声。
こんなに美しい女性を昼間に一人にしておくなんて……そんな邪な感情が芽生えてくる。
「ご主人がいらっしゃる夕方以降にお伺いしようかと思ったのですが……」
「仕方ありませんわ、主人は忙しい人ですから……」
そう言って僅かに顔を逸らす。
「奥さん……」
スカリーが泣いているように思え、モルダーは思わず彼女の白い手にそっと自分の手を重ねる。
「ごめんなさい……つい……」
重ねられた手を引っ込めようとするが、強く握られる。
「モルダーさん……そんな……」
「奥さん……僕は……」
握った手を引き寄せる。
一瞬抵抗するが、もう1ヶ月近く亭主と離れて暮らす彼女には寂しさを抑えきれない。
それほど、目の前のセールスマンは魅力的に見えた。
「奥さん……」
「お願い……ダナって呼んで……」
スーツ越しの逞しい胸に抱きとめられ、思わずスカリーはそれに縋りつく。
「ダナ……」
*****暫くお待ちください。*****
そして、土曜日の宵の口……。
「……。」
「……面白くなかった?」
ベッドの回りに散らばっているのは、2人分の衣服。
憮然とした表情で背を向けているスカリーを、待たされ続けた分以上の元を取り返したような表情ですっかりご満悦なモルダーが抱き締めながら尋ねるが、彼女は答えない。
不覚だわ……。
思わず燃えちゃったじゃない……。
だってモルダーってば……耳元であんな事やこんな事を……。
だいたい手が込んでいるのよね……わざわざスーツに着替えるんだもの。
つい先程までこの部屋で行われていたのは……。
「忙しい旦那に寂しい思いをしている新婚ほやほやの人妻と、一目見るなり彼女に恋心を抱いてしまった保険会社のセールスマンが、禁断の恋に落ちてしまい結ばれてしまう」
という設定の許で繰り広げられたイメージプレイであった。
耳元で囁かれたのは人妻の罪悪感を煽る事ばかり。
俗に言う言葉攻めにすっかり翻弄された事など口が裂けても言えないスカリーの頬がうっすらと染まる様子に調子に乗ったモルダーは更なる提案をする。
「スカリー、今度はさ職場で燃える医者とナースの禁断の愛ってのはどう?」
その言葉に、スカリーの中で何かが壊れた。
「それよりモルダー……こういうのはどうかしら?」
くるりと身体の向きを変えたスカリーの様子にモルダーは思わず唾を飲み込む。
「……なに?」
「囚われの哀れな囚人に慈悲を施す女王様」
そう言ってにっこりと笑ったスカリーに対して、モルダーは逆に凍りつく。
ス、スカリー……なんだか怖いよ?
その後、2人がどうやって時間を過ごしたのか……まさしく神のみぞ知る……であった。
おわり

by 歩々
| |
|