■走馬灯■   SpoilerVienen / Season8



死のうとしている瞬間に、それまでの人生がまるで走馬灯のように頭の中を駆け抜けるという。



『いち、に、で飛び込め!』

『二十じゃ、ダメか?』

奴が呆れた視線すらよこさないまま、僕らはおもいっきりジャンプした。
青黒く、逆巻く波の表面に叩きつけられるまで・・・何十秒、いや、何秒?

我ながら狂ってるとしか思えない叫びをあげながら落ちていく。
すぐ横を、けもののような叫びをあげながら奴も落ちていく。
この期に及んでも、全く気にさわる男だ。
・・・なんて、奴もきっと同じように思ってるんだろうな。
地獄への道連れに、手でもつないでやろうか。
奴に飛び込む号令をかけさせてやった事が、人生最後の心残りのように思えてくる。

参ったな。
なんで最後なんて思うんだ?
おまけに、つぎつぎ浮かんでくるじゃないか。
彼女の事・・・じゃなくて、どうして奴の事なんだ・・・!



初めて会ったとき、奴の表情に浮かんでいたのは優越感。
僕がこの世にいない間に
勝手に僕の居場所を踏み荒らし、彼女を相棒と呼んで。
彼女の心と体の変化を、彼女のそばで見つめていた。
ぼくが彼女のそばにいない間。

一面識もない僕を、命がけで探していた事を後から知った。
僕がサマンサを失ったように、奴も幼い子どもを失っていた事も。
認めたくないけれど、彼女は奴を信じるようになった。
そして奴は彼女をナイトのように守っていた。
いつもかたくなに守られる事を拒んでいた彼女を。


そうさせてしまうほど、彼女は一人ぼっちだった。
彼女のそばから僕が消えてしまったから。
今ははっきり、そういえる。

でも、ぜったいにありがとうなんて言わない。
奴の気持ちに、気づかないわけがないじゃないか。
まるで亭主のようなツラで、彼女は大丈夫かと駆けつけてきた時、ぶん殴ってやりたかったよ。
彼女が奴のことを認めていなければ。

わかってるさ。
まるでかつての誰かのように、ことごとく僕の言う事をはねつけて信じようとしない頑固者。
邪な思いなどなくても、誰かのために手を差し伸べずにはいられない、
全く心底気にくわない奴。



濁った海面が大きな口を開けて、僕と奴を飲み込もうと待ち構えている。
頭上から降りかかる爆音と衝撃。
燃え盛りながら追いかけてくる炎が、まるで愛撫を仕掛けてくるように首の後ろをくすぐる。

こんな所でやられてたまるものか!
人生最後の走馬灯の中にいて欲しいのは・・・。







ドアの向こうから奴の足音が近づいてくる。
きっとカーシュの呼び出しに、びびってるに違いない。
心配するなよ。
全て丸くおさまるから。
ついでに奴の走馬灯に、いつも背後霊のように付きまとっていた僕の姿が映ることもなくなるから。

そう、ありがとうなんて死んでも言わない。
かわりに僕にできることをするまでだ。
もうこの地下室に僕の居場所はない。


僕はこれからどうするのか・・・?
この狭い地下室の城を捨てても、
サマンサが消えてからこれまでの僕の全てが詰まっているキャビネのファイルを手離しても、
僕にはまだ残されているものがある。
一度は命も、自分自身も失った。
何を失っても、もう怖いものはない。
ただ・・・彼女のそばにいられれば。

人生最後の走馬灯。
その中で僕が見たいのは、スカリーと一緒に生きてゆく
これからの人生だけ。



END




by ななぴー

 



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