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■夜を越えて■ Spoiler ≫ All Things / Season7
耳慣れない、けれど穏やかな響きにふと目覚めた。
青みを帯びた、かすかな明るみから、それは響いている。
・・・ポコポコ・・・ポコ・・・。
ここは、モルダーの部屋・・・?
肩口まで掛けられた、柔らかなブランケット。
ほのかに香る、ローション。
私はいったいどうしたの?・・・彼はどこにいるの?
確か二人並んですわって・・・何の話をしていたのだっけ・・・
とても大切な事。そう、いままで触れるのを避けていた事へつながってゆくような。
あのまま話し続けていたらきっとそこに行き着いたような事。
避けていたはずなのに、私、素直に話していた。
答える彼の声も、当たり前のことを話すように・・・。
緩やかな彼の口調が、とても心地よくて。
この幾日かで揺れ動いた私の心を、癒してくれるようで。
・・・モルダー?
わずかに開いた隣室への扉。
素足のままで、そっと近づいてゆく。
静かで、淡い光がもれているだけ。
引き込まれるように、足を踏み入れる。
彼は長い手足を投げ出して、服を着たままで横たわっていた。
無防備な姿。
かすかに上下する厚い胸板。
どこか寂しげだけれど、穏やかな寝顔。
そう、この頃モルダーは変わってきた。
スカリーに向けられる、あまりにも深く柔らかな眼差し。
彼の人生を狂わせ、突き動かしてきた、妹サマンサの失踪が決着して以来。
「僕は自由だ・・・」とつぶやいていた、モルダー。
あんなに捜し求めた妹は、既に逝ってしまっていた。
二度と戻ってこない、二度と会う事はない星の彼方へ。
けれ、その最期は、サマンサにとって辛いものでも、苦しいものでもなかった。
永遠の安らぎへの旅立ち。
これまで彼が費やした時間は、払った犠牲は、計り知れず、取り返しのつかないものだけれど。
もはやサマンサは苦しんではいないという事が、モルダーを呪縛から解放した。
そしてモルダーはあらためて気付いたのだ。
何時も彼の傍らにいたスカリーの存在の大きさに。
図らずも巻き込まれた運命に翻弄されながら、彼以上に辛い重荷を背負い込んでも、凛として立ち向かってきた。
いつも彼を気遣い、時には叱咤し、勇気づけてきてくれた。
パートナーとして。友人として。
そしてひとりの女性として・・・スカリーは必死に隠そうとしてきたけれど。
モルダーもそんな彼女からはあえて目をそむけ、ゆるぎない「仲間」でいようとしていた。
けれど、彼にとって彼女は、いつも誰よりも近くにいてくれる、誰よりも大切な人・・・。
素顔のダナ・スカリーを見せまいとしながら、寄り添ってくれる彼女との関係を壊したくなかった。
スカリーと違って、モルダーは彼女の前ではありのままの彼自身でいられたけれど、剥き出しの男としての姿は、彼も必死に抑えてきたのだ。
だが、いまや彼女の存在そのものが彼を生かし、安らぎを与えてくれている。
そんな彼女に、心を開かずにいられるだろうか。
「仲間」としてだけでないものを求めてはいけないだろうか?
モルダーの望みと戸惑いは、スカリーのこれまでと変わらないように見える様子に阻まれていたのだが、それでも抑えようがなくにじみ出ていた。
・・・気づいていたわ、あなたの変化に。
あなたの意識の中に何時も私がいると、自惚れてしまいそうになった。
そんな事を考えること自体、どうかしている・・・そう戒めてきた。
あなたと私は、パートナー。 誰よりも信じ合うことができる「仲間」。
私はそれで満足しなければいけないと思ってきた。
あなたへの想いは、耐え難いほど膨らんでいたけれど。
求めることはできなかった・・・。あなたのそばに、ずっといられるように。
けれど、私に向けられるあなたの視線に。何気なく私に触れるあなたの仕種に。
どれだけ流されそうになっていたか・・・。
ずっと、心の片隅で迷い続けていたわ。
もしもあなたが私に求めているものが、私が抑え続けているものだったとしたら・・・。
私もあなたに、求めてもいいの?
超えてしまっていいの?
繰り返し目の前に現れていた、長身の人影。
その時私がそこにいることは、定められているのだと告げていた。
そう信じることを迷い、恐れていたけれど。
病院の庭で追いかけた時、冷静になれば分かったはず。
けれど最後に振り向いたのがあなたとわかった時。
驚いたけれど、もう迷いはしなかった。
今私の目の前に、あなたがいてくれる。
私が今ここにいるのは、あなたに会うためだったのだと
そう信じる事ができたから・・・。
私を生かし、安らぎを与えてくれるのは、あなた以外には存在しないのだと、
ようやく自分に素直になれたから・・・。
スカリーは枕辺に膝まづいた。
何時も見上げている顔が、すぐ目の前にある。
ほの暗い明りの中で、モルダーの睫が頬に影を落としている。
なんて長い・・・。
何時もより、少し色濃くみえる滑らかな顎のライン。
軽く閉じられた、ふっくらした唇。
思い切って手を伸ばし、額に落ちかかった柔らかな髪を、そっと払う。
彼女は知る由もなかったが、それは眠ってしまったスカリーにモルダーがした仕種だった。
モルダーは眠りつづけている。
あなたが愛しい・・・。誰よりも愛しい・・・。
抑えても、偽っても、隠しても、この気持ちは変えられない。
自分を抑えて今日まできた。
それでも、今ここにいることが出来たなら、これからは?
もう、自分をゆがめたくない。
ありのままのわたし自身でいたい・・・。
それであなたとの関係が、壊れてしまっても後悔はしない。
あなたを愛しむ気持ちで溢れている わたし自身でいたい・・・。
少し乾いたモルダーの唇。
潤すように、口づける。
万感をこめて。
かすかに舌を動かし 彼の柔らかなふくらみを感じる。
何時も皮肉交じりの言葉が飛び出すのに、今はこんなに温かくて優しい・・・。
静かに唇を離す。
体を起こして、今度はそっと指先で頬に触れてみる・・・。
このまま、ずっとあなたに触れていたい・・・。
そんな思いを振り払い、立ち上がる。
その時わずかな抵抗を感じた。
モルダーの指がジャケットの縁をつかんでいる・・・。
薄闇の中で彼の瞳が瞬く。
「スカリー・・・行くな。」
かすれているけれど、はっきりした声。
一瞬の驚きの後、彼の指に指を重ねる。ジャケットからそっとはずさせる。
そして・・・ゆっくりとそれを脱いでいく。
「行かないわ・・・モルダー。」
もう、 迷わない。
身を起こしたモルダーの手が ためらうように彼女の腕に触れる。
スカリーは、モルダーの胸に顔を埋めた。
モルダーの腕が腰に廻り、しっかりと引き寄せられる。
二人は、これ以上できないほど、強くお互いを抱きしめあった。
今確かに、二人はここにいる・・・。
いくつもの夜を越えて、とうとうここまでたどり着いた。
ここから先は、なんの言葉もいらない。
奪い合うように 幾度も唇を重ね、飢えを癒すように 舌を絡めあう。
さっきは温かく優しかったのに、今はなんて熱くて激しい・・・。
唇から頬へ。頬から耳たぶへ。
そして、うなじへ。
その先を阻むセーターを、スカートを、彼の瞳を見据えながら脱ぎ捨てる。
彼もまた、Tシャツを、ジーンズを脱ぎ去る。
今まで何度も目にしてきた逞しい裸の胸板に、スカリーは体の奥底から突き上げるものを感じた。
力強い腕で再び抱き寄せられ、シーツに沈められる。
モルダーの熱くしなやかな指が、最後に残ったものを取り去ってゆく。
モルダーの行為に、ただひたすら身を委ねる。
彼の愛撫のひとつひとつに悶え、喘ぐ彼女にはもう何も偽る事も、抑える事もない。
ためらいも、恥ずかしさも。
もうとうに心は、密かにこうなる事を望み、受け入れていたから。
ただ、現実に触れ合う事ができなかっただけ。
初めてでも すべてを彼にさらけ出せる。
モルダーも迷うことなくスカリーの体を辿り、彼女を確実に追い詰めてゆく。
モルダーの手が両膝に掛かった時、スカリーは体を支えて半身を起こした。
彼を迎え入れる為に。
二人の視線が絡み合う。唇が重なる。
燃えるような彼が溢れるほどに満ちた彼女の中に入ってきた瞬間、思わず悲鳴に似た叫びがあがる。
彼は両腕に力をこめ、彼女を引き寄せ、何度も何度も貫き通す。
低いうめきが、彼の唇から繰り返し漏れる。
知らず知らずのうちに、彼女も彼の動きに合わせ、声をあげる。
その度に、衝撃は彼女の奥へと広がり、彼女を壊していく。
ついに耐えきれなくなったスカリーは、体をのけぞらせてシーツに倒れこんだ。
その瞬間、最後の堪えきれない衝撃が彼女を襲った。
そして、モルダーもまた、最後の一瞬を迎えた。
モルダーは彼女の上に倒れこんだ。
スカリーは恍惚の中で、彼の重さを全身で受け止めた。
そしてその逞しい背中に腕を回して、熱い体をもう一度抱きしめた。
閉じられた彼女のまぶたから、ひと筋の涙がつたった。
私は自由・・・。
彼の穏やかな鼓動が耳元で響く。
温かなてのひらを、肩と乳房に感じながら
守るように、包み込むように、寄り添いあう。
つかの間のまどろみ。
気づけばブラインドの隙間から、新しい光がさし込んでいた。
夜が去っていく。
鏡の中の自分と向かいあう。
ずっと息をひそめていた女が、じっとこちらを見つめ返す。
少し気だるげで、ようやく呼吸をすることを許された事を、
あからさまにはしゃいではいないけれど、
もう二度と 押し込められることを拒絶する、女の顔。
わずかな戸惑いと共に、ゆっくりと衣服を身に着けてゆく。
見えない天使を抱きしめるようにして、モルダーは眠っている。
再びジャケットをまといながら
安らかな寝顔に、心の中で呼び掛ける。
『また後で・・・。』
END

by ななぴー
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