■The way home■ Spoiler
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Season7,Season8
「ふう、やっと終わったか・・・。」
モルダーは書斎での仕事を終え、スカリーとウィリアムのいるリビングルームへ行こうと電気を消した。
仕方なく引き受けたプロファイリングの仕事だったが、やはり一度手をつけてしまうと見る見るうちにのめり込んでしまう。
気がつくと、スカリーに「30分したら行くから」と約束した30分はとうに過ぎ、2時間が過ぎていた。
ウィリアムと見ると約束したディズニー映画も終わっているにちがいない。
その2時間の間にスカリーは一度もモルダーを書斎に呼びには来なかった。
さすがスカリー、最初からこうなることは分かっていたんだな・・・。
暖かな火のともる暖炉のそばでスカリーとウィリアムは入り口に背を向けてソファに座っている。
「ごめん、つい時間を忘れてしまったよ。映画、どうだった?」
そういいながらテレビの方を見ると、ビデオはすでに終了し、画面はザーッと砂嵐になっていた。
「スカリー?ウィル?」
テレビを消して二人の方を振り返ると、モルダーの愛妻と愛息はソファに座ったまま、すやすやと寝息を立てていた。
モルダーは小さくほほえむと、疲れた身体をウィリアムの隣に沈めた。
スカリーはそのウィルを見下ろすようにソファの背に頭を乗せたまま眠っている。
モルダーは自分たちの間にいるウィリアムとその向こうのスカリーを交互に見ながら、スカリーの髪の毛を優しくなでた。
今すぐにでも起こして、その美しく吸い込まれるような蒼い瞳を見たいような、でもこのまま寝顔を見ていたいような、何とも言えない気持ちになりながら、何を考えるでもなくしばらくの間座っていた。
スカリー、ウィリアム、そして自分。
家族。
今となってはこの二人なしに、自分の人生は考えられない。
たった数年前には想像もしなかった家族。
いつからだっただろう。運命がゆっくりと今日のこの部屋にたどり着くように動き出したのは・・・。
モルダーはゆっくりと目を閉じた。
FBI本部
僕はその日、朝からスカリーの姿を探していた。
話したい事件のことがあるというのに、いったいどこへ行ったんだ。
携帯もつながらない。
あきらめて一人オフィスへ戻ろうとエレベーターの所へ行くと、開いた扉の向こうにはスカリーが思い詰めた表情で乗っていた。
「スカリー、ずっと探していたんだ。どこ行ってたんだ?」
「ごめんなさい、病院に行ってたの。その・・・知らない間に時間が経ってて・・・。」
彼女は僕に目を会わそうとしない。僕はスカリーと病院という組み合わせだけで、胃が締め付けられたような気になる。
「何かあったのか?」
平静を装ってそれとなく聞いてみる。
「いいえ、ちがうの、あの・・ちょっと散歩をしてたものだから・・・」
「どうしたんだ?」
スカリーはため息をつきながら話し出した。
「あの、だまっててごめんなさい。どうしてか自分でも分からないけど。その、あなたは私が病気の時もいつもそばにいてくれたし・・・」
「スカリー、はっきりいってくれよ。」
不安からもう一秒たりとも待っていられなかった。もし、癌が再発したのなら・・・
「私は彼らのテストのせいで不妊になったわ。でも私、もう一生子供をもてないと言う事実をまだ受け入れたくないの。」
その言葉は僕にとっては平手打ちをされたような衝撃だった。
思い詰めたスカリーの表情と、青白い顔をしてベッドに横たわるスカリーの様子が洪水のように頭の中に押し寄せた。そしてあの研究所。
何人ものカート・クロフォードのクローン。スカリーの名前の付いた引き出し・・・。
「スカリー、実は君に話していないことがあるんだ。どうして僕が秘密にしていたかを分かって、そして許して欲しい事が。」
「何?」
「君の癌について捜査していたとき、君が不妊になった理由を突き止めたんだ。
君の奪われた卵子が政府の研究室に保管されていた。」
彼女の表情は見なくても分かった。ショック。そして怒りと悲しみ。
「み、見つけたの?」震える声だった。
「すぐに専門家に持っていった。大丈夫か見てもらうために。」
「信じられない・・・。」
「スカリー、君はとても調子が悪くて、僕はとてもそれ以上君の身体に触るような悪いニュースを話せなかったんだ。」
「悪いニュース?そういうことだったの?」
「卵子は再生不可能といわれた。」
「もう一度調べてみたいわ。」
何か言おうと閉まりかけたエレベーターのドアを押さえたが、スカリーは明らかに僕と一緒に降りるつもりはない様子だった。
傷ついた彼女の表情に僕は言葉を失ったまま手を離した。
ドアは僕たちの間で静かに閉まった。
スカリーはその日オフィスには戻ってこなかった。
僕その日、仕事が全く手に付かなかった。
僕はスカリーの留守番電話に彼女の卵子の保管を依頼した研究所の場所と担当者の名前を残した。
次の日、オフィスには何事もなかったようにスカリーが出勤をしてきた。
僕は何かを言うべきなのか、そっとしておくべきなのか分からなかったが、スカリーのいつもの様子に、つい今まで通り振る舞った。
いつもの癖。
新しい事件について話し合い、スカリーはモルグへ、僕は目撃者に会いに行くといういつもの別行動が数日間続いた。
一週間後、久しぶりに二人ともオフィスでのデスクワークが続いたある日、スカリーが声をかけた。
「モルダー、ランチに行かない?おごるわ。」
「・・・スカリー、スキナーに何を言ったんだ?」
「何の事よ。私がスキナーに言うべき事でもあるの?」
「僕が知るわけないだろう。じゃあなんで突然ランチをおごるなんて言うんだ?」
「話したいことがあるのよ。っていうか、頼み事なんだけど。」
僕はほっとした反面、いまさら他人行儀な申し出に驚いた。
「スカリー、僕にいちいち頼みごとするためにランチなんておごらなくていいよ。」
「わかってるわ。どのみちランチで済むような頼み事でもないし・・・。
ただ、ちょっと別の場所で話したいのよ。その方が気が楽だし、ちょっと個人的なことだから・・・。」
うつむいて、もごもごと話すスカリーにこれ以上なにか聞くのも悪いと思った。
「分かったよスカリー。」
スカリーの望み通り、オフィスから少し離れたカフェで僕達はランチをすることにした。
ランチアワーからは少し遅れていたので、カフェは空いていた。
僕らは奥のブース席に腰を下ろした。
スカリーはアタッシュケースを持っていて、ランチの後はオフィスには戻らないと言う。
「今日はこのままラボにもどって結果をみながら報告書を書くわ。その方が早いし。」
「僕なんて、今日は残業確実だよ。」
僕たちはランチを食べる間中、事件の話と当たり障りのない世間話に終始した。
コーヒーが運ばれてきたとき、スカリーがゆっくりと話し始めた。
「モルダー、あなたがあの話を避けてくれているのは分かっているの。私の為に。私の卵子の事。」
正直言って彼女が話し出してくれて助かった。僕はずっと言いたかったことを伝えた。
「スカリー、卵子の事を君に言わなかったことは心から謝る。僕はただ君を守りたかっただけなんだ。結果的に君を傷つけてしまったのなら本当に済まない。」
「いいの。分かってるわ。あなたを責めてるわけじゃない。私がただ・・・あきらめられないだけなの。
エミリーの時もそうだった。出来ないと分かるとその気持ちに気付くの。どれだけ欲しかったか。子供が。」
「君がなにか相談したいなら、いつでも力になるよ。本当だ。」
「ありがとう。・・・実はクリニックから結果が来たの。まだチャンスはあるらしいの。」
彼女は少し照れながら小さな声で言った。
「よかったじゃないか!だよな? そのことで何かあるのか?仕事の事を気にしているのかい?産休とか?あ、まだ早いか。」
僕はスカリーが久しぶりに喜んでいるんだと思うと嬉しくなって、興奮してしまった。
「ええ、もちろんそうなったらそういうことも問題になるだろうけど、その、今私が気にしているのは・・・その前の段階なの・・・。」
「前の段階?」
スカリーはじっとコーヒーを見つめて、ダイエットシュガーの袋をもてあそんでいる。
明らかに何か言いたそうだ。
「その、あなたに精子提供者になってもらいたいの。」
僕は一瞬その意味をすぐに理解できなかった。提供?精子を?つまり?
僕の精子と、スカリーの卵子が子供を作る?つまり?つまり・・・。
「本気かい?」
「ええ。とっても。」
「スカリー・・・。」
「おねがい、今すぐに返事はしないで。考えてくれるだけでもいいから。どんな答えでも。でもとにかく今答えないで。」
「どうして僕なんだ? その、答えてるわけじゃないよ。聞きたいだけなんだ。どうして、その・・・だれか匿名でももっと頭が良くて、ハンサムで、若くて健康的な提供者じゃなくて。」
なんだか急に自分が年寄りになったような気がした。
「その全部にあなたは当てはまると思うんだけど。」
スカリーはまだうつむいたまま答えた。
「だけど、変人だよ。変な名前の。」
スカリーはまじめに言う僕の言葉に小さく吹き出して
「それは評判でしょ。それに私には問題には思えないもの。名前もDNAには関係ないじゃない。」
「なんて言っていいかわからないよ。」
「今はそれでいいの。なにも言わないで。私も聞く準備が出来ていないし。あなたにこのことを話すだけで、全エネルギーを使い果たしちゃったわ。」
「わかったスカリー。ちゃんと考えてから返事するよ。」
彼女は席を立って、僕を残してカフェを出た。
僕は正直すぐに「僕で良ければ・・・」と追いかけて返事をしたい気持ちに駆られたが、考えると、スカリーの言うとおり、軽々しく答えられることでもない。
子供が産まれたら、僕はどういう立場になるんだ?
スカリーにそれを聞くべきだったか?父親?協力者?おじさん?
僕は彼女に対する気持ちをずっと無視してきた。僕が彼女とのパートナーシップを壊してしまいたくなくて、彼女に対する感情を伝えずにいた。だけど、それもだんだんつらくなってきている。
でも、彼女に気持ちも伝えないでいるうちに、子供をつくる? 一方的なキスだけしかしてないのに。
何をどう考えたらいいんだ。
僕が父親になりたいと言ったら、彼女はどう言うだろう。
僕が彼女に愛を告白したらどうなるだろう。Xファイルは?僕たちの戦いは?
僕は一日中考え続けた。申し出を受けることに何のとまどいもなかったが、その後の彼女との関係がどうなるかが想像もつかなかった。
この申し出を受けることが、結果的に彼女との別離を意味することになったら・・・。それだけは耐えられない。
でも、スカリーにとって大事なことなら・・・。
僕はオフィスにいても仕事が手に付かず、言うべき事を言わないことにはこの先仕事なんて永遠に手に付かないと思い、スカリーに電話をして今から家に行くと告げた。
「Hi」
「Hi」
「入って。」
「ああ、ありがとう。」
「コートかけましょうか?」
「いいや、長居できないんだ。オフィスに戻らないといけなくて。」
(何しろ今日一日何もしてないんだ。)
「その様子だと、私の申し出について考えてくれたようね。」
(ああ、考えすぎて、頭がどうかなりそうだよ。)
「あ、あの そのこういうことはしょっちゅう頼まれるような事じゃなくて・・・。でも正直言って、ものすごく光栄だよ。」
その言葉にスカリーは照れたようにうつむいた。
「いや、本当に。」
(だって他の誰でもない僕なんだ。光栄って言葉じゃたりないよ。本当ならもっと順序を踏んで、行き着きたい結論だったが、かまわない。子供を作ってから愛し合ったってかまうもんか。)
「いいの。気にしないで。傷つけないように断る言葉を探しているなら。その、わかるから・・・。」
(ちがう、ちがう、僕が気にしているのは・・・もっとその後のことなんだ。)
「こんな風にいうと変なんだけど、その・・・僕たちの関係がこれで変わってしまうのはいやんだ。」
「わかるわ。あなたの言いたいこと。」
(何でそんな悲しそうな顔をするんだ?なんか誤解している?)
「その、答えはイエスだよ。」
スカリーはしばらく言葉の意味が分からないような様子だったが、すぐに嬉しそうな表情になった。
そして、今度は泣きそうな顔で抱きついたスカリーを僕はしっかりと受け止めた。
スカリーはゆっくりと僕から離れると、また涙に濡れた目で
「あの、じゃあドクターには私から電話するわね、それから、その・・・提供のプロセスには私は行かない方がいいわよね。」
少し照れたスカリーが言った。
「それに関して僕はプロだ」
そういうと僕はそそくさと部屋から出た。
プロだぁ!???
バカか俺は!?!?!?
・・・スカリーがいた方が、それも同じ部屋にいてくれた方がずっと楽に”提供のプロセス”とやらが進むんだろうが!
・・・だけど言えるか?そんなことが。「スカリー、手伝ってくれたら助かるよ。」
・・・言える訳ないだろう!?
・・・だからって「それに関して僕はプロだ。」だと?
・・・一生そのままプロでいる気か!?
バカモルダー!!
僕は頭の中で、モルダー2と議論しながら駐車場へ向かった。
しかし結果はだめだった。
僕は彼女の帰りを待ちながら彼女の部屋のカウチで眠ってしまった。
泣きたいのをこらえて、受精がうまくいかなかったことを冷静に伝えようとする彼女を見るのは、胸が張り裂ける思いだった。
「最後のチャンスだったの。」
その言葉で彼女の涙はせきを切ったように流れ出した。
僕には何も言えなかった。
Never give up on a miracle
奇跡をあきらめるな。
たったその一言しか。
その夜、僕は彼女の部屋に泊まった。
僕はただ、泣き疲れた彼女の隣で眠った。
結局僕の心配は結局無駄に終わった。スカリーと僕の子は産まれなかった。
スカリーは何も言わずいつもの通りに仕事に来た。
スカリーと僕のパートナーシップも以前のままだった。
以前のまま。
そう、何も変わらなかった。
あの日までは。
僕はミステリーサークルを調査しに出かけたイギリスから手ぶらで帰ってきた所だった。
イギリスへ発つ前、僕とスカリーはいつもの言い争いをしたまま、気まずく別れてしまっていた。
いつもと同じ議論。どんな内容でも同じ事。冷静すぎる彼女と、行き過ぎた僕。
いつもと同じ。
だけど、イギリスで僕は考えた。
学生時代を過ごした国であのころの僕と今の僕を比べてみた。
あの時も今もサマンサはいない。
あの頃も今も真実を探している。
でもあの頃いつも感じていた孤独をもう感じない。
あの時は持っていた”家族”を失ったいまでも僕は孤独じゃない。
スカリー
ごめん。
会いたいよ。
今度会ったらきっと、君に気持ちを伝えよう。
そして君が感じる孤独を振り払ってあげるよ。
「モルダー!何してるの?」
先に気付いたのは君の方だった。
僕がいない間の出来事と過去の恋愛の話をする君を見ながら、僕はひそかに今夜こそと思っていたんだ。
だけど、僕が着実に言いたいことを言おうとしたそのとき、君はカウチで寝てしまった。
やっぱり今夜もだめか。
疲れた君は一向に起きる気配がない。
「スカリー、泊まって行くならベッドを譲るよ。ほら、スカリー。」
「ん・・・何?」
「だから、ベッドを譲るから・・・。」
仕方なく僕は彼女を抱き上げてベッドまで連れて行った。
今誰かが入ってきたら、なんて弁解するんだ?
って、誰も来ないのは分かっているけど。
彼女をベッドに寝かせて、サイドのランプを消そうとしたとき僕は君の視線に気がついた。
「スカリー?」
彼女はじっと僕を見つめたまま何も言わない。
「今日は泊まって行くだろ?僕はカウチで寝るから。」
君は何の前触れもなく僕を引き寄せてこう言った。
「モルダー、私はあの時彼を、ダニエルを選ばなくて良かったと思ってる。
私は何も、なにも後悔していないわ。全ては起こるべくして起こったのよ。」
彼女は僕にいうと言うよりは自分自身に言っているようだった。僕は彼女の髪の毛をそっとなでた。
「僕もそう思いたい。僕たちは出会うべきだったって。」
出会うという言葉を君はどう解釈したんだろうか。
君は突然口づけをした。
僕は君の気持ちを聞きたかったのに。
君に気持ちを伝えるつもりだったのに。
君は何度も何度もまるで何かを振り払うように僕の唇を求めた。
結局、君も僕も理性を失って、何かを求めてなのか、何かを埋めるためにか分からないまま、僕の暗いベッドルームで雨の音を聞きながら求めあった。
一言も言葉を交わさずに。
”愛し合った”のかどうか分からない。僕は愛していたけれど、最後まで君にそれを聞く事が出来なかった。
どうしても。
朝、目を覚ますと君はいなかった。
スカリー、僕は久々に孤独を感じたんだ。
同じ朝、スカリーはフーバービルの駐車場で僕を待っていた。
「モルダー。ごめんなさい。」
「昨日のことか?それとも今朝のこと?」
「もちろん今朝のこと。だまって出てきてしまってごめんなさい。」
「カップなら気にしなくていいよ。僕だって洗い物くらいするさ。」
僕は突然怒りがこみ上げてきて、辛らつな言葉しか口から出ない。
「モルダー、説明させてよ。」
「何を? 君が黙って出ていった理由か? それとも過去の恋愛を振り払うみたいに僕と寝たことか? 僕の話の途中で眠ってしまったことか? それともだれも知らない君の気持ちか?
何にしたって、君が説明したいことだけを聞かされるなんてごめんだね。謎一杯のスカリー捜査官の何が分かるって言うんだ? だいたい説明なんかいらない。君がその鉄の鎧の一つでも取る気になったら、説明なんか必要ないさ! だから今さら起こった事の説明なんかしないでくれ!」
一気に言ってしまった。でも後悔なんかするもんか。
「モルダー、昨日のことは後悔してない。だけど、そのせいであなたが私と仕事をしにくいなら、しばらく休みを取ってもかまわないわ。」
なんてスカリーらしい言葉。
いつもならそう思えるのに、今日だけは我慢がならない。
「どうして? きみがその鎧をつけていてくれれば、何も心配することなんかないだろう!? 今まで通り仕事なんかできるよ。7年間できたんだからな。」
僕はそういうと足早にオフィスへ向かった。
冷静すぎる彼女と、行き過ぎる僕
結局何も変わらないのか・・・。
僕がニコチンがらみの毒でやられてから、僕たちの間の少し張りつめた空気は少し和らいだ。
僕がピンチになるといつもそうするように、君は僕のベッドの横で僕の手を握って安心させてくれた。
僕が無事助かったその夜、病院の部屋で君と僕は話をしたね。
「気まずいまま、あなたに死なれたら困るわ。」
「僕たちは何もなかったように振る舞うの、結構うまいと思わないか?」
「ええ、時々嫌になるくらいね。」
「スカリー、僕は・・・。」
「モルダー、あなたは私が気持ちを隠してるって言うけれど、私自分でも分からない事がありすぎて、何をどうすべきか分からないの。」
彼女らしい言葉。論理的に自分を分析しようとしている彼女。
「“すべき”ことなんてないよ。スカリー。僕たちの気持ち次第なんだよ。君は色んな事を経験した。混乱して当然だ。僕は君の準備が出来るまで待ってもいい。何もなかったように振る舞ってもいい。だけど、いつかは前に進むなら進む、進まないなら進まないで覚悟がいるんだよ。どちらにしても。それだけを分かって欲しい。」
「ええ、いつもあなたの優しさに甘えているのも分かってる。精子提供の時だって・・・。」
僕は驚いたが、最後まで言わせるわけには行かない。あわててさえぎった。
「それは違うよ。僕には僕の気持ちがあってのことだ。
僕は君のことを愛してる。
ずっと愛してた。改めて言葉にすると変だけど、今言わないと後悔する。君の気持ちもこの先の事も、正直今はどうでもいいよ。僕はどうしても伝えたかったんだ。ずっとね。
君の事を誰よりも大切に思ってる。ずっと一緒にいたいと思ってる。」
僕は正直答えを期待した。そう、たとえば「私も愛している」なんていう言葉を。
でも
君は涙を溜めた目で僕をずっと見て
「時間をちょうだい。」
そういって、去っていった。
僕は気持ちを伝えただけで十分だった。だけど、あまりに普通で当たり前すぎて思ったほどの感慨がなかった。結局ずっと好きだった。愛してたんだ。僕も彼女も知っていることだ。
とにかく僕は少しすっきりして、また同じ日常が戻った。
時間ってどれくらいだろう。
でも愛していると言ったからって、彼女にいちゃいちゃとまとわりついている訳じゃない。
いや、まとわりついている訳にはいかない。
今までと変わらないように。
彼女に待つと約束したのだから。
僕たちの関係が変わることなく続く毎日。
君が僕の部屋に来て「ボールズ・ボールズ」を見た夜も、僕はあの軽い雰囲気を壊したくなくて、君には何も聞かなかった。
君もただ映画とおしゃべりを楽 しんで真夜中過ぎに帰っていった。
僕は3つの願い事の内の一つは君のことにしようと決めていたのに、一つ目で大失敗したために、それも出来なくなって しまった。
だけど、まあ、君のいる世界が確保できたんだから、良しとするべきだ。
洪水の様にあふれ出た思い出が一瞬途絶え、モルダーはソファから身を起こした。
スカリーとウィリアムはまだ眠っている。
全部は夢ではない。
今すぐにでも起こして、この腕の中で確認したいほどの衝動に駆られたが、かろうじてカウチから立ち上がり、窓の方へ歩いていった。
庭に目をやると、彼らのリビングを隠すように植えた何本かの木々が、風にゆらゆらと揺れている。
暗くなった外は静かで、その木が揺れる音だけが聞こえてきた。
また波が押し寄せるように、思い出がモルダーの心を支配する。
ビリーマイルズからの7年ぶりの電話には驚いた。
この電話が後にこんなにも大きな運命を左右することになるとは思いもよらなかった。
僕とスカリーがパートナーを組んで最初の事件で行ったオレゴンに舞い戻ることになった。
あの森へ。
しかし、スカリーはオレゴンで体調を崩してしまって、僕は心底不安になった。
アブダクト経験者が狙われているのは明らかだったし、このままオレゴンに残ればスカリーを危険にさらすことになる。
もちろん僕一人残ることにスカリーが同意するはずもない。僕はスカリーと一緒に、一度DCへ戻ることに決めた。
もう一つの決意と共に。
それはスカリーをこれ以上Xファイルに関わらせないこと。
オレゴンは僕に今までの7年について考えるきっかけをくれた。
考えると言うよりは直視するというべきか。そして出てくるものはスカリーが失い、犠牲にしてきたものばかりだ。
僕が始めた戦いのために。僕と一緒にいたために。
スカリーが僕の事をどう思おうが、僕とスカリーがどうなろうが、一つだけはっきりしているのは、スカリーをこのまま危険にさらすことだけはもう出来ないと言うことだ。
彼女を愛しているからこそ。
彼女が失ったものを取り返す事が出来るなら僕は何だってするが、それはもう出来ない。
「君だけは失いたくない。」
僕は誰もいないFBIの廊下で彼女にはっきり言った。
僕はオレゴンに戻るつもりだが、彼女を連れて行くことは絶対に出来ないと。
彼女は僕を抱きしめて、こういった
「一人では行かせないわ。」
彼女は僕のお供にスキナーを選んだ。
コンコン
オレゴンへ向かう前夜、荷物をまとめている僕の部屋に彼女が現れた。
「スカリー、どうしたんだこんなに夜遅く。」
「入ってもいい?」
ドアから少し体をずらすと、スカリーは部屋の中に入ってきた。
まだ体調が悪いのか、顔色は良くない。
スーツを着たままの姿に、ふと今までどこにいたんだろうと思った。
開かれたスーツケースが置いてある僕のベッドルームへスカリーは真っ直ぐ入り、ベッドの縁に腰掛けた。
「明日は何時?」
「スキナーが7時に迎えに来る。」
僕はそう言うと、残りの荷物をスーツケースに投げ入れてふたを閉めたあと、彼女の隣に腰掛けた。
「モルダー、やっぱり私が行ってはだめかしら?なんだか胸騒ぎがするのよ。」
「君がそんなことを言うなんて変だな。大丈夫だよ。スキナーがいる。」
「スキナーは私じゃないし、あなたが無茶したら彼にはあなたを止められないわ。」
僕はそのセリフに思わず笑い出した。
「ああ、スキナーは確かに君じゃないよ。それは僕が一番わかっているさ。
だけど、無茶はしない。大丈夫だよ。あの森の調査をしたらすぐに戻ってくる。」
「どうしても一緒には行かせてくれないつもり?」
「ああ、危険すぎる。それに・・・。」
「私はもうXファイルにはいらないって言うのね。」
「いらないんじゃない。君をこれ以上苦しめたくないんだよ。」
「だけど、私の選択はどうなのよ。私の考えはどうなるのよ。」
彼女の声はかすれていた。
「ああ、そう言うと思ったよ。とにかくオレゴンには一緒にはいけない。だけど、戻ってきたらこれからについて話し合わないといけないと思ってる。
もうXファイル課も限界に近い。僕たちへの局内の圧力も今までにはないほどになっている。君のことだけじゃなく、これからについて考える時期がきたんだよ。」
「そうね・・・。」
僕は気になっていることを彼女に伝えることにした。
「スカリー、僕も無茶はしないと約束するよ。だから君も病院へ検査に行くと約束してくれ。隠したって君がオレゴンからずっと体調が悪いのは分かっている。何が原因かは分からないが、とにかく念のために診てもらうと約束してくれ。」
僕も彼女も癌という言葉は恐ろしくて言えない。
だが、お互い心配していることは同じのはずだ。
あの時はその体調の悪さが別の素晴らしいことの予兆だったなんて、誰が想像出来ただろう。
「わかったわ。」
それだけ言うと、スカリーはベッドから立ち上がりドアの方へ歩き出した。
「明日早いのにごめんなさい。もう帰るわ。」
「ああ。」
ドアまで行ったスカリーはノブに手をかけたまま立ち止まった。
「モルダー・・・。」
僕に背を向けたまま絞り出すように聞こえた君の声・・・。
「スカリー?」
「私も同じよ。」
「え?」
「ずっとあなたのことを愛してきたわ。いつからかもう分からないくらい。
でも自分の心に従うのが怖かった。自分の気持ちを信じるのが怖かったの。いまでもそう。」
そういうと君は僕の方に向き直り、青い目を僕に真っ直ぐ向けた。
「この先何があっても、どうなってもこの気持ちは変わらないわ。それだけは分かる。
でも未来のことを考えるとやっぱり怖いのよ。ただ、あの夜はあなたといたかった。過去を忘れる為じゃなくてあなたとあの瞬間一緒になりたかったの。それだけは信じて。」
「でも、この先はないって言うのか?」
僕は答えを聞くのが怖かった。自分の声が震えているのが分かった。
「朝、この部屋で目覚めて色んな考えが駆けめぐったわ。そして怖くなったの。その先が。」
「スカリー、未来なんて誰にも分からないじゃないか。うまくいくかどうかなんて。
だけど僕は君を愛していて君も同じならそれだけで十分だとは思わないか?」
そういいながら、僕は彼女の心に引っかかっていることがそれだけじゃない気がしていた。
無理強いするな・・・僕の理性がそう告げている。
「スカリー?」
出来るだけ優しく僕はその先を促した。
頼むから話してくれ・・・。
「モルダー。私はずっとあなたを愛していけるわ。何があっても。だけど私は・・・。
分かるでしょう・・・・私はあなたの子供を産むことができないのよ・・・。」
僕にはショックな言葉だった。
彼女は気にしていることがそれだったなんて。
僕はそれを一瞬でも考えたことがあっただろうか。
「スカリー・・・。」
「先走っているっていうんでしょう?だけど私には・・・私には大事なことなのよ。
あなたに後悔して欲しくない。私を愛したことを。いつかお互い傷つくなら、いっそ始めない方が・・・。」
彼女の涙は静かにその蒼い海からあふれ出た。
後悔しないよー。絶対に。
そんな言葉は・・そんな約束は何の意味もなさない。じゃあどうすれば伝わる?
でも、言わないと・・・。
「スカリー。僕も君をずっと愛していけるよ。君の全てをだ。君が失ったものも全てだ。
どうすれば信じてくれる?君が僕の気持ちを受け止める準備が出来ていないなら、僕の気持ちを・・・愛を信じられないなら、それまで待ってもいい。ただ、僕に君を愛することを許して欲しい。」
僕は今しかないと思った。
「君が子供を産めないのは君の選択じゃない。僕が後悔するとしたら、君をそんな目に遭わせたことだ。君を愛した事じゃない。どうかそれを信じる様に努力して欲しいんだ。
何があっても僕は君の元へ戻る。僕がどんなバカをしても君が待っていると分かっているから。君がそこにいると心の底から信じているから。だから君も同じように僕を信じて欲しい。」
スカリーはうつむいたまま僕の胸に顔を埋めた。
僕は彼女にそれ以上何も言わなくてもいいよとささやいた。
僕の言うことは分かってくれるよね。
彼女は顔を埋めたままうなずいた。
そして静かに彼女の顔を両手でそっと持ち上げて、僕たちは唇を重ねた。
今までのキスとはちがう、お互いを受け入れようとする、求めようとする、そう、”対等な”口づけだった。僕はこれが始まりであって欲しいと心の底から祈った。
「あなたか戻ってくるのを待ってるわ。ここで。この部屋で。」
僕には帰る場所があるんだ。
帰り際、彼女はいつものスカリーに戻っていた。
「スキナーを困らせないようにね。それから、もう病院で会うのはこりごりよ。あなたの傷をつなぎ合わせるだけが仕事じゃないんだから。」
「わかったよ。君もガンメン達と仲良くしてくれよ。僕の数少ない友達なんだからな。」
彼女は一瞬にらみを利かせたが、僕の頬を手で一瞬優しくなでて、そしてドアから出ていった。
僕はそれから3ヶ月彼女を待たせた。
おまけに再会は病院だった。
でも、とにかく彼女はあの部屋で待っていてくれた。
僕が戻ってくるのを。
「モルダー?」
眠そうな彼女の声がうしろから聞こえた。
モルダーはまだあの夜に取り残されたまま。彼女の声に振り返った。
「ああ」
「どうしたの?」
「君たちが眠っていたんで考え事をしてたんだ。」
「何について?」
隣に眠るウィリアムを見て、スカリーは何気なく聞いた。
「君と僕がウィルを授かった日のことなんかを考えてた。
そして君が初めてぼくに心を開いたあの夜の事を。僕がオレゴンへ行く前の日・・・。」
一瞬スカリーの中につらそうな表情が浮かんだ。二人にとってずいぶん遠く思える過去。
でも、絶対に忘れることはない過去。
スカリーも思い出していた。あの日、あの時無理矢理にでもオレゴンに一緒に行けばとどれだけ思ったことか。
彼がいなくなった後、彼の部屋で彼のシャツを抱きしめて眠った日々。
モルダーのいないxファイル課で必死に彼の居場所を守ろうとした日々。
どうやってもあの時の気持ちは言葉には出来なかった。
きっとこれからも出来ないと思う。
スカリーはわざと明るく答えた。
「そう・・。あなたは私の心の準備が出来るまで待つなんていって、3ヶ月もほったらかしたのよね。」
今はこうやって笑って話せるなんて。
少し苦い顔で笑ったモルダーにスカリーは真剣な眼差しにもどって続けた。
「でもあなたは約束を守ってくれたわ。戻ってきた。それからもいろいろあったけれど、やっぱりあなたはこうして私のそばにいてくれる。ウィリアムのそばにも。あなたの言ったことに嘘はなかったわ。」
そう、彼女にはそれが全てだった。今となってはそれだけで十分だった。
モルダーも時々思うことがある。
つらかったのはアブダクトされたことなのか、スカリーと離れていたことなのか。
でも、大事なのはスカリーが悪夢の果てに待っていたこと。
「君が待っていると言ってくれたからさ。」
少しの沈黙の後、モルダーは続けた。
「長かったね。」
「ええ。でも、あなたがいなかった3ヶ月間、正気を保てたのはウィリアムのおかげだったわ。」
「でも君はすぐに僕の子だとは言わなかった。僕も怖くて聞けなかった。」
今でも彼はふくらんだお腹をしたスカリーを前に言葉をなくした事を覚えている。
あまりにもいろいろなことが起こりすぎて、待っていた彼女に優しい言葉をかけられなかった。
スカリーもあのころ、身重の彼女を気遣ってくれるモルダーに心からほっとしてはいたが、あえて誰の子供なのかについて話そうとしない、まるで彼女だけ の子供であるかのように話すモルダーに悲しい思いを抱いていた。
「あなたは混乱していたわ。本当はすぐにでも伝えたかった。でもね、私の気持ちを待つと言ってくれたあなたの言葉を思い出したの。だから今度は私があなたの気持ちが落ち着くまで待とうと思った。待てると思ったわ。」
「君があの小屋で生まれたウィリアムを抱いた姿を見た瞬間全てが変わったんだ。
また生きていけると思った。今度は君とウィリアムと一緒に。」
「あなたの顔を見た時に、分かっていると思ったわ。私たちの子供だと。」
モルダーは初めてウィリアムに会った時を思い出した。
レイエズに促されるようにおそるおそるスカリーと赤ん坊に近づく。
「・・・そう、あなたの息子よ、モルダー」
彼女はそう言った。あの時。汗と涙にまみれていた彼女は神々しいほどに美しかった。
腕に抱いたウィリアムはモルダーの中につかえていたものをすべて洗い流した。
スカリーは窓辺のモルダーの側に来て彼の腰に手を回した。
彼も彼女の肩を抱く。
「ありがとうモルダー。」
「ん?」
「約束を守ってくれて。こうして側にいてくれて。」
「ありがとう・・・か。なんか照れくさいな。」
「”愛してるは”いつも言ってるけれどね。”ありがとう”は言ってなかったわ。」
モルダーはその言葉に胸が熱くなった。
彼女の赤毛のてっぺんに唇を寄せる。
「ありがとうスカリー。」
「え?」
「奇跡をあきらめないでいてくれて」
奇跡。
その奇跡はすやすやとソファで眠っている。
全てはここに続いていたんだ。
失ったものも、
見つけた真実も、
流した涙も、
待っていた時間も
全てはこの部屋に続いていたんだ。
FIN
by jo
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