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■two differences■ Spoiler ≫ The First Half of Season8
いつの間に眠ってしまったのか。
散漫な思考はそのままに、重い目蓋を持ち上げる。ブラインドの隙間から零れる一筋の光がとても眩しい。腕の中の彼のシャツは皺だらけ。抱いて眠った夜を数えるのはもう止めた。
主のいない部屋のベッドに身体を委ねたまま、スカリーは深く息を吸う。
見慣れているはずの部屋の風景。振り返った視線の先に彼さえ居れば以前と何ら変わりない。たったひとつの相違がこの部屋を全くの空虚にする。
居ないことを嫌というほど解っていながら後ろをそっと振り返った時、不意に押し寄せた記憶がスカリーを過去へと引き戻した。
「眠れないのかい?」
隣で眠っている筈の彼の表情を見ようと、なるべく静かに体の向きを変えようと試みたその時に、スカリーの耳元でモルダーの声が響いた。
「……起きてたの?」
背後から抱き寄せてくる逞しい腕のなかで、今度は気兼ねなく向きを変えながらスカリーが問う。モルダーは頷いてみせた。
「ああ、眠れなくて」
少し掠れたその低い声に、スカリーは身体の奥から下がったはずの熱が再びじわりじわり上昇してくるのを感じていた。湧き上がってくる感情を伝える術を知りながら、それを躊躇っていた頃の思いが甦って、スカリーは手を伸ばしてモルダーの頬を掌で包みながら、親指でゆっくりとその頬を撫でた。
暫くの間スカリーのされるがままになっていたモルダーが彼女の指を自らの指で絡め取ったのを合図に、まるで先を競い合うかのように、ふたりは激しく唇をあわせながら、再び重なってベッドに沈んだ。
優しくて激しいその行為が終わった後、君がこんなに情熱的だったなんて知らなかったと言ったのは彼で、浅く笑ったのは私。
「あなたは予想に違わない」
額が触れ合う程近くで交わされた笑み。
「おやすみ、スカリー」
「おやすみ、モルダー」
ふたりはお互いの身体に腕を絡めたまま目を閉じた。
あの時微笑んだ彼の表情は明確に思い出せるのに、耳元で囁かれた「おやすみ」と共に触れた彼の吐息の感触が今となってはどうしても思い出せない。
こんな形であなたを失って、更には愛しい記憶までも失ってしまったならば、それから私はどうやって生きていけばいい?
いっそ、記憶のなかに生きられたなら。
そう思った瞬間に、下腹部にちいさな動きを感じてスカリーは目を見開いた。
……私はさっき何を思ったの?
遠い記憶のなかには存在し得ない奇跡の宿るその場所に、スカリーはそっと手を伸ばす。
無意識に零れ出た微笑みが彼女にその決意を思い起こさせた。
私が本当に欲しているのは、過ぎ去った穏やかな過去ではなくて、あなたと、この子が居る未来。 この手で掴むまでは、立ち止まることも引き返すことも出来ない。
でないと、あなたに合わせる顔がないじゃない。
スカリーはベッドから身を起こして床に足を着ける。そして静かに立ち上がって、振り返らずに部屋を出た。
Fin
つきみさん、サイト開設おめでとうございます。

by JERU
2003/07/21
■つきみより
じぇるさんの書かれる文章は、ほんのりとやさしい光で心の奥まで照らしてくれるような気がするのです。
だからわたしは、じぇるさんの作品が大好きです。ご本人に憧れてもおります。
そんな憧れの方から、これまたすばらしい作品を、拙い当サイトの開設祝いとして頂いてしまいました。
特に注意事項などがない限りは基本的に、各作品にわたくしのコメントはつけておりませんが、この場で言わずにいられましょうか。いいえ、いられません(反語)。
というわけで、
じぇるさん、本当にありがとうございます。
ずっとずっと大切に飾らせていただきます。
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