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■ミツバチのささやき■ Spoiler ≫ Fight The Future / Movie
蜂には恨みがある。
できれば、もう一生お目にかかりたくない。
なのに彼女のランチは今日も“蜂の粉かけヨーグルト”だ。
大体、君だってさんざんな目に会わされているだろう?
「…よくそんなものが食えるな、スカリー」
「いつも言ってるじゃない。体にいいのよ」
いや、そういう意味じゃなくて…。
「それに、意外においしいの」
だから、そういう意味でもなくて…。
もしかしてこれは、彼女なりの蜂への復讐か?
…そうは思えないな。
なんで、そんなうまそうに食ってんだ?
つまるところ、彼女にとってあの時のことは、さして意味なんかないらしい。
こっちは勇気を振りしぼって行動を起こしたというのに。
起こした、確かに。目的は果たせなかったけど…。
でも、やつが“ちくり”とやるまではイケそうだった。
彼女も受け入れ体制に入っていた。……と思う。多分。
それとも“雰囲気に流されてかけていた”ってとこか…。
「モルダー?」
なんだよ。
「何を拗ねているのよ」
「別に」
「ふーん」
拗ねてなんかいない。
ただちょっと、ほんのちょっと、君の鈍さに呆れてるだけだよ。
「あなたは食事しないの?」
最後のひとくちをスプーンで運びながら、彼女が訊く。
「たいして食欲もないんでね。君の口もとについている、そのヨーグルトでいいよ」
“あら!”と指で拭いかけて、彼女はその動きを止めた。
上目遣いに、ちらりと僕を見る。
が、次に来るはずの冷たい切り返しがない。
彼女は椅子から立ち上がり、机を回って僕の前に立った。
軽く腰を折って、白い顔を差し出す。
「どうぞ」
え?
「分けてあげるわ」
はい?
座っていた椅子ごと、後ろにひっくり返りそうになった。
なんとか持ちこたえたけど、机の端に置いてあったファイルを落としてしまった。
いつものくだらない冗談だ、スカリー。
適当にあしらってくれ。
けれど、彼女はちょっと眉を上げて床のバラバラになった書類を見やっただけで、また僕に視線を戻した。
まっすぐに僕を見る瞳に、あの時の場面がフラッシュバックする。
“雰囲気に流されてかけていた”?
いいや、確かに彼女は僕の気持ちを受け取ろうとしていた。
拒もうと思えばできたはずなのに、そうしなかった。
だったら、ためらう必要はないのかもしれない。
今、このシチュエーションを作りだしているのは、紛れもなく彼女だ。
自分の考えに勇気づけられ、立ち上がって彼女の肩に手を置く。
少しかがんで、彼女の唇の端にキスをした。
正確にはそこにあったヨーグルトを、ちゅっと吸い取ったのだが…。
「お味は?」
「…酸っぱいな」
でも、中に蜜があるんだろう?
今度はその甘さを味わおうと再び近づいて行く僕の唇が、君の花びらに触れようとした瞬間、何かに遮られた。
…てのひら?
「知ってる? あなたの大嫌いな蜜蜂は、ひとつの花から蜜を採りつくしたりしないのよ」
それくらいは知っている。
「後から来る蜂や、他の方法による花粉交配のチャンスを奪わないためだろう?」
なんの話だ? こんな時に…。
彼女は“ふふん”と鼻で笑って、自分の肩に置かれていた僕の手からすり抜けた。
「楽しみは残しておく、ってことかもね」
…それはつまり、この場合…
……“おあずけ”?
「ラボに行ってくるわ」
いたずらな笑みを残して、彼女がオフィスを出て行く。
僕の耳に、ドアの閉まる虚しい音だけが響いた。
バタン バタン バタン タン タン ン ン ……
ご丁寧に、エコーまでかかって聞こえる。
…………。
もともと恨みがあるとはいえ、怒りの鉾先があさっての方を向いてることはわかっている。
しかしっ!
生態系の保護なんて、くそくらえだ!
グリーンピースが文句を言ってきても、スープにして飲んでやる!!
僕は、忌々しい習性を持つ蜂の根絶を心に誓った。
End

2001/09
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