■宇宙のひみつはちみつなはちみつ■   SpoilerFight The Future / Movie



分布図を見ただけで、僕の“蜂殲滅作戦”は頓挫した。
やつらは世界中に散らばっている。しかも、あまりに数が多い。
仕方がない。とりあえず、例のウィルスを媒介するやつらだけに的を絞ろう。
だが、一体どこへ消えたんだ?


「…スカリー、これを僕にどうしろと?」

「決まってるでしょう? 食べるのよ」

彼女が持って来たのは、大きなガラス瓶。
黄金色の内容物は、どう見ても蜂蜜だ。
僕の部屋の、あまり使われる事のないキッチンテーブルに鎮座している。

「ウィルスに汚染されていたらどうする? 僕をエイリアンの宿主にするつもりか?」

「…本気で言ってるの?」

もちろん本気だとも。

完璧な栄養食品と言われる蜂蜜。
それを集める蜂。
政府の陰謀に利用されるふりをしながら、チャンスを狙ってる。
高度なコミュニケーション能力を持つやつらが相談して、人類をエイリアンに売り渡そうとしているに違いない。
蜂蜜は、人間を懐柔する罠だ。

僕らが思っているよりずっと、やつらは賢いんだよ。
甘い蜜で誘い、すんでのところで身をかわして、奈落の底に突き落としたり…。


……このまえの彼女みたいだな。

なんだか論点がずれてしまったが、とにかく今に世界はやつらに席捲される。


地球の未来を危惧する僕にはおかまいなしで彼女は、蜂蜜の効用から摂り方まで説明している。

「…なら、スコーンやトーストにつけたり…。そうね、紅茶に入れてもいいわ」

君がそのよく動く口に含んでくれるなら、僕はウィルス感染のリスクを負ってもかまわないんだけど…。
その際、人類の危機は放っておいても。


「モルダー、聞いてる?」

肩をすくめる僕にあきれ顔。
これみよがしにため息をつかれた。


“手軽な蜂蜜の食し方”を実践すべくお茶を入れる準備を始めたらしい彼女がケトルを火にかけ、今度は蜂蜜のビンのふたと格闘している。
見かねて僕が手を伸ばした時、パカッとはずれた。
その拍子に中身がビンの口からこぼれて、彼女の指を濡らす。

軽く開いた唇から、きれいなピンク色の舌が先端だけ現れて、細い指先に絡んだとろみのある液体を舐める。
目もくらむような艶かしさ。


ほら、そいつは指についただけで君に扇情的な行動を促し、僕の理性を吹き飛ばすんだ。
“あの続きを…”と言い出せずにいた、臆病さごとね。

「こんなにたくさんは、いらない」

彼女の手からビンを取り上げ、テーブルに置いた。
ケトルの笛が鳴り始める。これが合図。

「このあいだ残しておいた分だけでいいんだ」

僕の言葉に思い当たって、彼女の表情に緊張が走る。
それでも僕を見上げたまま逃げようとはしない。
彼女の肩を捕まえて、その瞳を覗き込んだまま、ゆっくりと顔を近づけてゆく。

彼女の唇がわずかに開く。
パラダイスまで0.5インチ。
今度こそ…。


「…モルダー、残りの蜜はね…」

開かれた唇は、僕を待たずに動きだした。
僕の頬に添えられた手に、彼女のもう一方の手が指す方を向かせられる。
テーブルの上の、ガラス瓶の方を…。

「それで全部よ」

虚しく鳴り続けるケトルの音。
今さら気づいても遅いが、どうやら合図ではなくて警告だったらしい。



……新聞広告を出そう。

“情報求む! ―― コーン畑にある養蜂場を教えてください ―― ”



End




2001/11

 



BACK