「ひとりになりたくないの」と、彼女が言った。
言葉にしてから悔やむように唇を噛みしめる。
そんな彼女を、ドアノブにかけるはずだった手で引き寄せた。
伏せられた長い睫を見つめながら。


白い肌。
青い瞳。
乱れた吐息に絡まる愛の言葉。
額の汗を唇で拭ってやると、彼女が淡く笑った。
微笑を返したつもりで僕は、ただ口もとを歪めただけかもしれない。

君が愛しくてたまらないのに、その君をこうして強く抱いているのに、
おかしいだろう? スカリー。
僕は淋しくて、息も止まりそうなんだ…。





■溺れる魚■





「単なる溺死よ」

スカリーは死体検案書のコピーに目を落としたまま、いたく事務的に言った。
そこにゆうべの後悔が感じられて、僕は少し憂鬱になった。

「器材に欠陥はなかったの?」

「ああ。レギュレーターからタンク、その中に残っていた混合気体に至るまで何ひとつ問題は無かったそうだ。もっとも、彼らはタンクを背負っていなかったんだから、原因は別なところにあると思うけど」

「かなり深く潜っていたんでしょう? 極度の窒素酔いで判断力を失って、装備を外したのかも…」

「まず有り得ないな。10年以上の経験を持つベテランのプロ・ダイバーだよ? 窒素中毒の対処方法については熟知していただろうし、意識の有無にかかわらず、直接死に繋がるような行動は本能が拒絶する」

僕が細心の注意を払い、いつもの口調をなぞって応えると、スカリーは書類をめくる指を止めて、ようやく顔を上げた。
状況を鑑みれば当然の推測に至ったようだ。

「自殺とは考えられない?」

「まあ、ひとりならわかるけどね。今回で3人目だ。だから、僕らのところに回されて来たんだろう?」



End




2003/11

 



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